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ありがとう

援助物資が我が家に沢山届いて…本当に有難かった。
心配してくれる人や助けてくれる人がいるのは、とっても心強い。
電車も4月4日から乗れることになったし、少しづつではあるが被害の少ない地域は
元の生活に戻りつつある。
(戻れないことも、沢山あるのだが)マイナスよりプラス方向で考えることにしよう。
自宅で1人、余震の時はオロオロしつつ、家事が一区切りした時はお茶をしつつ過ごしている。
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我が家の裏の木が倒れてきて、壁で止まっていたのを最近見つけた。
ギリギリ仙台市の河川課管理の土地だったので、今週末に撤去してくれることになって
ひと安心、余震でもっと倒れてきて窓とか壊れたら大変だった。
どうやら枯れた木だったので、地震には耐えられなかったのだろう。

援助物資のパンを厚くスライスしてバターを塗って、苺ジャムもたっぷり
温かいコーヒーを飲んで…美味しい物を食べれる幸せを味わっている。
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by Myself_2 | 2011-03-31 18:17 | Comments(4)

あの日から…

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3月18日
noboさんと街へ行った時にラーメン屋さんで炊き出しで無料で食べたラーメン
「美味しかったよ~!」
この後、ドトールでも無料でコーヒーを飲めた。
儲けにならないのに、ニコニコ笑って「頑張りましょうね!」渡してくれるお店の人
早く、以前の街へ戻れるといいね。それまで、それまで…

3月24日
薬を処方してもらう為に、予約があったので大学病院へ出かけた。
大学病院もアチコチに被害を受けたようで、立入禁止区域のテープが張られた所があった。
「薬が不足しているから全部は出ないかもしれない」と先生が言っていたが
いつも2カ月分もらう薬を42日分は確保できた。
これで5月の予約の日迄は何とか残りの薬をあわせて大丈夫そうだ。
大学病院に咲いていた梅、思い切り手を伸ばして携帯で写してみた。
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その後、仙台の街を歩いたがまだ営業再開をしている店は少ないようだ。
閉じられた店の前で、オニギリやお弁当、野菜等の露天が出ている。
歩く人々の服装からも、華やかさが消えたようだ。
「戦後って知らないけれど、まるで親から聞いていた戦後の街のような感じだね」
と友人が電話で言っていたことを思い出した。
仙台メディアテークの図書館から本を借りて、まだ返していなかった。
今日は重くて持ってこなかったが、気になりメディテークの前迄行くと
休館していて、再開したら返却して下さいの張り紙が貼ってあった。

ドラックストアの列に並び、シャンプー・洗剤を買い
藤崎デパートの列に並び、食パンをあの日に以来初めて購入。
又々歩いてスーパー・ダイエーの列に並び、欲しかった物は無いものは多かったが
牛乳をこれもあの日以来初めて買うことが出来た。
(欲張りすぎて、荷物が重いうえにバスが混んで、肩が壊れそうだった。)

普通に欲しい物をスーパーの棚から選んで買い、面倒くさいと思いながら食事を作る。
“仕事行きたくない”と思いながら、時間に電車やバスで仕事場へ向かう。
(仕事は現在、自宅待機中。又働けるか…今のところ不明)
我慢しようと思いながらも、洋服やアクセサリーを買ってしまいオシャレをする。
こんな普通の生活が、本当に贅沢で幸せな事なんだと…今頃、感じている。

あの日、友人とウィンドーショッピングした店にあった可愛い帽子と素敵なバック
元気にしているかな?
いつか、いつか又オシャレして街を歩ける日がきっと来るよね。
こんなくだらないことを思ったり、不安で胸が揺らいだりと
コロコロ変わる自分の心を少しづつ落ち着かそうとしている。

どう、なるんだろう?      どうにか、しないといけない!
どう、すればいいんだろう? 今、始めることは?
空っぽの頭で、今考えている。

それにしても、強い余震が多い。
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by Myself_2 | 2011-03-28 10:24 | Comments(4)

我が街 仙台

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仙台にも もうすぐ春がやってくる
定禅寺通りの欅も芽吹き 柔らかな若葉が顔を出すだろう
太陽は暖かな優しい陽射しで欅をつつむだろう
風も遠くの春の香りを運びながら 欅の若葉をくすぐるだろう

春色のスカートを揺らしながら 明るい声で娘達が笑いながら通り過ぎる
だらしなく穿いたズボンを時折引き上げながら若い男の子も歩いている
子供達がキャッキャッと走り回り、お母さんが後を追いかける
背広姿の青年が鞄片手に 春の日差しの下忙しげに歩いている
通り沿いのカフェに座り 私は店の前を通り過ぎる人々をぼんやり眺めていた
そんな去年の春を思い出している
どんな冬が厳しくとも いつも同じように春が訪れてきた
今年の春も同じ筈だった 疑いも無くそう思っていた
 
あの娘さんも 男の子も 子供達も そのお母さんも 背広姿の青年も 
去年の春 カフェの前を通り過ぎた人々は 今、どうしているだろう?

太陽の日差しがきつくなり欅が青々と葉を茂らせる頃
七夕の飾りが風に揺らぐ頃
音楽が街に広がるジャズフェスティバルの頃
欅が黄金色の葉を落とす頃
暖かな光が欅に灯り 雪が舞う頃
みんなみんな帰ってくるだろうか みんなみんな笑っているだろうか

我が街仙台 
いつまでも美しい街であれ 涙より笑顔が似合う街であれ
愛すべき杜の都よ
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by Myself_2 | 2011-03-21 00:37 | Comments(5)

東日本大震災・3日目・仙台

3月14日(月) 3日目晴れ、暖かな日だ。
noboさんが会社へ行ってみるというが、電車は動かない。ガソリンを心配しつつ車で行くと言うので、私も一緒に乗って行くことにした。仙台駅東口の駐車場に入ったのが午前8時半過ぎ、エスパル脇の通路も通れず仙台駅は完全に遮断されている。古い地下通路を歩いて、西口方面へ行ってみた。仙台駅は外から見た目には大丈夫のようだが、あちこちに地震の爪あとが見える。
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他のビルも一見大丈夫そうで、あんな大きな地震があったとは信じられないが…よ~く見ると、ビルの外壁の破片等が落ちていた。さくら野デパート前にも大きな落下物、警備員さんが危なくないように誘導していた。
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(一番町のショーウィンドー)
一番町フォーラスの大きなガラスも割れていた。どこかでちょっと休みたいが、店はどこも空いていないのでヒタスラ歩いた。所々にコンセントが置いてあり、人々が携帯を自由に充電していた。私も一番町のドコモのお店前で携帯に充電した。スマートフォンは、あまり電池がもたず昨晩充電してもらったのに切れてしまっていた。午前9時頃から充電を始めたが中々終わらない、その間充電を待つ人達とお話しをしていた。知らない人と中々話しは出来ない性質だが、同じ痛みを持つ人々とは自然に話しが出来るようになっていた。原発の放射能が心配とマスクをしていたお兄さん、マスクから見える目がとても綺麗だった。自転車で名取から来たという娘さん、充電中の携帯にかかってきた電話で話し始めた。待っている人々にも盗み聞きする気はないのだが、聞こえてくる。“すぐ近くまで津波が来たが、家にいるお爺さんが寝たきりで動けずお母さんが側についている。動けるのが自分だけだから、街まで乾電池と食料の調達に自転車で来た。家では乾パンしか食料が無い…”40~50代の女性がハンカチに包んでいたオニギリ6個を全部渡した。遠慮する娘さんに「家にいけば、ご飯が炊けるから」と…。60代くらいの女性が「買出しするなら袋が必要でしょう」と買い物袋を渡す。マスクをしたハンサムお兄さんが、どこからか乾電池を買ってきて渡した。み~んな他人じゃない、大きな大きな家族のようだ。若いお兄さん達に、私達が言う。「若い人が、これから頑張ってね。頼むね。」お兄さんが大きく、頷いた。
充電が終わった人から、軽く会釈をして離れていく。私も三越の方まで歩いてみた。ドラックストア・果物屋さんの前に長い行列、国分町では店の前にコンロを出して軽い食べ物を出している飲食店が2~3軒あった。今朝からコーヒー以外食べていなかったので、お腹は空いたが列を見て諦めた。
 駅方面へ戻る、朝市の方で人だかりがしていたので何か食べ物が買えるかと向かった。朝市脇のビルの前で「無料で炊き出しをしているので、どうぞいらして下さい」と言われたので、甘えて地下の居酒屋さんで小さな器でカレーうどんとお稲荷さん2個にお茶を戴いた上に、塩おむすびを1個もらった。このお店は何の被害も無く、棚に置いていた招き猫も落ちなかったらしいが、家の方はすごい状態で布団を持ってきて店の座敷で寝泊りしていると親父さんが言っていた。「こんなんだから助け合わないとね。今店にあるだけで終りだけど、少しでも助けになればね」と話しているのが聞こえた。「子供に持って帰っていいですか?」という女性にオニギリを数個持たして「頑張ろうね」と声をかけた。女性は「ありがとう、ありがとう」と何度も頭を下げていた。私も「ありがとうございました」とお礼を言って、店を後にした。今度、いつかnoboさんとこの店を訪ねてみたいと思った。
 冷蔵庫が使えないので生ものは買うことが出来ないので、朝市では野菜(人参・リンゴ・ピーマン・セリ・長ネギ)だけ、並んで買った。近くのヤマダ電機にも行列が、乾電池はもう売り切れというので諦めて列には並ばなかった。そこから少し歩いたら、チェーン店の大きな居酒屋さんがトン汁を無料でくばっていた。私も並んで、最後の一杯のトン汁を飲めることが出来た。竹の子が入っている、美味しいトン汁だった。
 noboさんから充電したての携帯に連絡が入り、午後2時で帰るというので駐車場で待ち合わせをした。白松最中で買った最中を陣中見舞いに若林区の職場に車で送ってもらった。
職場には電気がきておらず営業出来ないので、後で連絡するとの事。「何時、再開出来るのだろう?」職場近くのスーパーでは駐車場で、品数は少ないが営業していたので、これも並んで(スナックエンドウ・ミニトマト・チョコレート菓子2個・イヨカン2個)を買えることができた。
 家に戻ると隣の奥さんが「電気が通ったけど、近くの家で水道が止まったと言っていたから水道が止まらないうちにお風呂に入った方がいいよ」と教えてくれた。ブレーカーを落として出かけたので、1つずつブレーカーを上げていく。家に灯りがともった、それだけで心強い。ただテレビのニュースを見て、あまりの地震の被害の大きさに言葉が出ない。
 ご飯を炊いた、おかずは一度半解凍になったものを調理して食べた。まずは冷凍室の物を食べていこう、無駄には出来ない。
 お風呂に入り、髪も洗った。今迄当たり前にしていた事が、出来るようになり本当に有難いと感じた。

●忘れていけないような気がして日記をつけてみた。電気も通りネットにつなげるようになったのでブログにアップしてみようと思った。
我が家は仙台の西部、比較的被害は軽い方だった。近所の風景は地震前と外観はあまり変わらない。
水が止まるかどうか心配だが、ライフラインも今のところ回復した。これくらいの事では参考にはならないが、本当に助かった物はラジオ、乾電池、カセットコンロ。今迄何も備えていなかったので、落ち着いたら防災グッズは分かるところに置いておくようにしようと思う。
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by Myself_2 | 2011-03-17 18:50 | Comments(4)

東日本大震災・2日目・仙台

3月13日 2日目晴れ・比較的穏やか
 午前5時頃目覚めてラジオのスイッチを入れた途端流れてきたのは長渕剛の「明日へ向かって」♪明日へ向かって 明日へ向かって ずっとこのまま突っ走って行けばいい♪このフレーズを胸に繰り返し起きた。今は唯、今出来る事から初めていくしかない。2日目の朝はドリップでコーヒーを飲んだ。その後、キャンプ用の(キャンプなんてした事ないのだが)ランタン兼用懐中電灯・大昔の結婚式のキャンドルを見つけた。夜に備え、分かりやすい所に置いた。
 
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ラジオで言っていたクリネックススタジアムで携帯の充電が出来ればと思い、街へ車で出かけた。行ってみれば、長い長い長~い列で並ぶのを諦めた。(スタジアム近くの育英高の厚いコンクリートの塀が倒れていた。)見つけた公衆電話で友人へ電話「良かった~」の声に涙がこぼれそう…何度も並びなおして息子2人に電話するも連絡つかず。仙台駅近くのマンションに住む友人にも電話したら、電気が通ったとの事。今出先だが夕方には戻るというので携帯の充電を頼んだ。夕方迄、街をうろつくのは大変なので一端家へ戻る。家を少し片付け、午後4時過ぎ友人のマンションへ向かった。ちょうどマンション前の公園に公衆電話があったので電話をし、ずうずうしく自宅へ行った。携帯の充電を待つ間、コーヒーだけでなく夕ご飯までご馳走になってしまった。10日(木)の晩御飯以来のご飯は、今迄のどんな食事より美味しく感じた(11日のランチはパンだったので)。携帯の充電が出来たので電源を入れると沢山のメールが届いていた。息子2人に無事も連絡出来た。
ランタン兼用の懐中電灯をつけてラジオを聞きながら、この日は一昨日・昨日よりも遅く午後10時過ぎ迄起きていた。こんな細々とした灯りでも、気持ちが少し明るくなる。
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 大活躍したラジオ、日中は階段のこの場所が一番感度が良い。真っ暗になってからは危ないので食卓へ移動した。
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by Myself_2 | 2011-03-17 18:36 | Comments(0)

東日本大震災・1日目・仙台

3月12日 1日目 
 いつもよりも長い睡眠時間の筈なのに、何度も余震がおきる度にハッと目覚めるので寝た気がしなかった。明るくなったので、家の中の被害状況を調べた。2階のテレビは落ちていたが、1階のテレビは大丈夫。2階のクローゼットの洋服やバックは散乱していたが、1階の食器は数点壊れ、棚に置いていた小物が落ちていた。壁紙の貼り付け部分・リビング南東の隅・玄関の一部にも地震の痕跡はあるが、思っていたよりも軽い被害で住んだようだ。
 残っていたロールパン1個を半分にして、残りのロースハムをはさんで朝食。(これで火を通さずに食べれる物はなくなった。)ラジオに入れる乾電池を捜して、初めて外の世界の状況を聞いた。映像が無いので、本当の事と思われない。まずは、今の状況を何とかしないといけない。どんな事が起きても、食べて・寒さをしのいで・水分を取って生きなければならない。汚いので捨てようと思ったが“もしかして…?”使う日が来るかもと取っておいたカセットコンロを出してみたが、カセットボンベが無い。身体を暖めるお茶の一杯でも飲みたくて、まずはガスボンベを買いに行かなくてはと近くのスーパーのジョイへ歩いて行くことにした。
 ジョイへ着いたのは午前11時少し前、列は長ーく伸びていた。近くのみやぎ生協の前にも長い列、カセットボンベが一番欲しいのでホームセンター兼スーパーのジョイの方へ並んだ。従業員が「後4.~5時間かかります。水が無くなりました」と大声で叫ぶ。諦めた人が数人抜けたが、大多数の人々は辛抱強く並んでいた。一度に1~2人くらいしか、買い物出来ないようだ。やっと自分の順番が後少しで来る時、年輩の男性が従業員に「配給の味噌汁を作りたいから先に買い物させてくれ」と言っていたが、従業員は「みんな買い物をする為に何時間も並んでいるのだから、後ろの列に並んで下さい」と断わっていた。その男性は従業員に高飛車に「君の名前は何だ、こんな事でいいのか」と食って掛かった。(いくら大義名分があっても、そんな事言ってはいけない。みんな、必死で頑張っているんだから…。)店内は電気がつかず真っ暗なので、カート置き場の狭いスペースに机を並べ注文の品を出す係りが後ろにいて、前には従業員が二人ずつ組になって1人が必死にバーコードの数字をコピー用紙に書き、もう1人が電卓で計算をして会計をしていた。買える物は限られていたので、カセットボンベ3個入りが1つ、カップめん8個、インスタントラーメン、乾電池単3・単4の4個入りが1つずつ、サトウのご飯くらいしか買えなかった。買い物が終わったのは午後5時を過ぎていた。6時間もかかってしまった。踏み切りに電車が止まったままで立ち往生。何時、再開するのか全く不明だ。
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 家に帰って最初にした事はカセットコンロでお湯を沸かし、お茶を飲んだ。冷たい水しかなかったので、温かいお茶がとても美味しかった。
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(こんな汚いカセットコンロでも、とても助かった)
夕食はカップ焼きソバを1個ずつ食べた。朝ロールパン半個しか食べなかったので、唯でさえカップ麺に弱い私の胃には重かったようで…その後、気持ちが悪くなって少し吐いてしまった。昨晩は使い捨てカイロが2個あったので貼ったが、今日は無いので着膨れ状態でいたが、寒いので早々にベットに入りラジオのFMを聞きながら寝た。(部屋の扉は開けておいた、何時でも逃げられるように)
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by Myself_2 | 2011-03-17 18:31 | Comments(0)

東日本大震災・当日・仙台

3月11日 地震当日
 午前11時友人と駅で待ち合わせた。以前ハングル教室で一緒だった友人を交えフレンチでランチ
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(鶏の何とかという料理にデザート、パン、サラダ、スープ)
いつもの楽しい会話…韓国へ一緒に行きたいねぇと話がまとまったが、私は仕事へ行く為バス停へ、友人二人はJTBへパンフレットを取りに行った。
 仙台駅発14時25分、若林区のバス亭到着14時42~3分頃。
何故だか鳥(すずめかな?)がバタバタと騒がしく、トンビがいつもより低空で飛んでいる。??と思いながら歩く、職場のドアが目の前になった時地面が揺れ始めた。14時46分ドアを開きノブにしがみついた。目の前でアクアクララの水が倒れ・額や絵皿が落ちていく風景を見ながら、ただただ凍り付いていた。職場の男性が「外へ出たほうがいい」と飛び出して来た。駐車場の隅っこで、揺れが収まるのを必死で待った。ビルの上のアンテナが今にも落ちそうにユラユラ揺れている。落ちてきたら又別な所へ逃げようと、そのアンテナだけを見ていた。収まってきたので職場へ入ったが、割れたものや水が散らばり、ざっとだけ片付け始めたが余震が続く、その度に外へ逃げる、中へ入るの繰り返しをしていた。外へ逃げている時に雪が激しく降り始めた。地が暴れ…天が怒り…現実の世界と思われない。それなのに、職場の前で貸しビルを建設中のシャベルカーが作業を止めず動いている。まるで、アニメの世界のようだ。隣りの酒屋さんの店員が店舗の外で呆然と立っていた。
 16時頃、電気も止まったのでそれぞれ帰ろうと言う事になったがnoboさんに携帯を幾度かけても、つながらない。職場へ行けば会えるかもと思ったが、途中ですれ違うかもしれないのでどうして良いか分からない。携帯をかけ続けていたら、奇跡的に電話が通じた。待ち合わせの場所を決め、そこへ歩いて行くことにした。電話が通じたのは、その1回だけだった。後は何度かけても、私の携帯は通じなかった。仙台駅の東口迄、普通に歩けば30分程で行ける筈だが、途中で方向を見失って大分時間がかかってしまった。信号の無い広い通りを渡るのは、怖かった…手を挙げて右左、車が止まるのを確認してビクビク渡った。途中、ブロック塀が壊れていたり、車の上に瓦礫が落ちていたり、ビルの外装が崩れているのを見えた。
 遅れてついた待ち合わせの場所、noboさんが待っていた。必死に保っていた心が、ほっとするのを感じた。noboさんの会社の車で家迄送ってもらう事になった。信号が止まった道をノロノロと譲り合いながら進む。時間がどれくらいかかったか分からないが、外が真っ暗になった頃に自宅近くの踏み切りまで着いた。電車は通ってないが、踏み切りの遮断機は下りたままだった。踏み切り前で車から降ろしてもらい歩いた。車で送ってもらわなければ、一体何時自宅に着いたのだろう?配慮してくれた会社の皆さんに感謝の言葉しかない。一緒に暮らしている次男と携帯の電池が切れる寸前に連絡がついたので、それだけはひと安心だった。
 自宅は真っ暗で注意しながら懐中電灯を捜す、その灯りを頼りに食べ物を捜すが火を通さずに食べられるのはロールパン3個しかなかった。ロールパンに冷蔵庫のロースハムをはさみ1個ずつ食べた。断水はしていなかったので水は飲めたしトイレも大丈夫だったが、暖房の無い家は寒くって寒くって、時計を見たら午後8時くらいだがベットに潜り込んで暖をとるしかない。どれくらいの被害かは詳しくは分からず、地震当日はそうして終わった。

 
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by Myself_2 | 2011-03-17 18:23 | Comments(0)

地震は突然やってくる

昨日のお昼頃の地震
時間にしたら、きっとほんの数分なのだろうけど…
永遠に続くのか?と思うほど揺れていた。
家にいたのだが、まずは照明が落ちてこない階段付近に行ったが
それでも止まらないので、さすが不安になって玄関まで移動して待機。
「逃げようか?、どうしようか?」思案中に、やっと止まった。
震源は三陸沖、30年以内に大きい地震が来る確立は99%?らしいが
どうか、その予想は外れてほしいものだ。
そして又今朝、6時半頃にも地震があった。
起きるかどうか迷っているうちに寝てしまったが、
どうせなら後30分後、起床予定時間まで待ってほしかった(^^ゞ
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昨夜、雪が降りウッスラと積もったが
今朝はうって変わって良い天気、屋根から雪解けの水滴がポタリポタリ
久しぶりの青空は、気分が良い♪
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ガラスのティーポット、紅茶をちょっと飲むのに使っていた。
うっかりしてガラスの蓋を割ってしまったが、本体まで捨てるのが勿体無くて…
ちょうど良い蓋を見っけ!取っ手がじゃまで斜めにしか取り付けられないが
私用のティータイムにはこれで充分(^_^)v
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by Myself_2 | 2011-03-10 12:07 | Comments(8)

足の裏をコチョコチョと…

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大阪の街で買ってきたビリケンさん
コーヒーメーカに磁石でピッタンコ
朝、コーヒーを作るついでにコチョコチョと足をくすぐり願い事
「今日も良い日でありますように…♪」


この前、どこか高い所から犬みたいな声がした
思わずキョロキョロ捜したら、電信柱に止まったカラスが
犬のような声で鳴いていた、確かに!
カーカーではなくって、犬が風邪をひいたような声で…
「ねーねー、変な声よね?」って誰かに同意を求めたかったけれど
生憎1人で歩いていたし、人もあまり歩いてなかったし残念!
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by Myself_2 | 2011-03-05 01:36 | Comments(6)


♪くよくよするなよ あきらめないで♪長渕剛「STAY DREAM」より


by Myself_2

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